≪フォークランド紛争に学ぶ尖閣防衛≫



◎結構最近の紛争で日本の現状にぴったりの戦訓が満載
日本の皆さんにはあまりなじみのない紛争ですが、
1982年と比較的最近(?)の事です。(ちなみに私は2歳)
今、尖閣、竹島という島々が危機にさらされている日本には
凄く必要な知識でありマッスル(-^〇^-)

◎英領フォークランド島に突如、アルゼンチンが侵攻
1982年の四月二日、英領であったフォークランドに
突如、五千人のアルゼンチン軍が侵攻。
実はそれ以前にも、アルゼンチンの活動家が乗り込んで来て
旗を立てるなどの挑発行為があった(なんかどこかの国に似てませんか??)
そして、民間人も住んでいた。
しかし、5000人の兵には手も足も出ず、占領された。
英国首相サッチャーは軍を派遣、島を奪還!!勝利!!

◎戦争が起こった後なのに戦争起こらないという予測記事が(笑)
四月二日にフォークランドはアルゼンチンの進行にあった。
にもかかわらず、四月五日発売のビジネスウィークには
専門家予測として、『アルゼンチンが攻めて来ない』という記事が載った。
尖閣においても予測はつかない。

◎アルゼンチンは何故に攻めてきたの??
当時イギリスはフォークランドにごくわずかな兵しか置いておらず、
軍事費も削減の方向にあった。
それを見てアルゼンチンのガリティエリ軍事政権は、
すぐにとれると思ってしまった。
抑止力の低下が紛争の原因になった。

◎核だけですべての戦争の抑止は出来ない
フォークランド島一個にたいして核を使うなんてことは考えられない。
イギリスも核を保有していた、しかし小規模な紛争に関しては
核の抑止力は機能しなかった。

◎人がいてイギリス海兵隊の抵抗が、反撃に結びついた
実際にフォークランドに人が住んでいて、
わずかとはいえイギリス海兵隊員が抵抗して、捕虜となった事により
国民の怒りは爆発!!
サッチャーの反撃に断固賛成とさせた。
尖閣も、武装した公務員を常駐させる必要がある。

◎イギリスはフォークランド奪還により国家の威信を復活させた
植民地の独立や、イギリス版日教組によりいわゆる『英国病』を呼ばれるように
国の維新は堕ち、英国の誇りは地に落ちていた。
しかし、フォークランド奪還により『英国病』克服して、
誇りを取り戻した。

尖閣、竹島これからどうなるかなあ!!
おら、わくわくすっぞ!!


posted by 右野翼 滅罪 at 15:46 | Comment(0) | 【日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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