F−35ライトニングがすごすぎる件

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 ノースロップグラマン公式動画です。我が国の次期支援戦闘機でもあるF35の性能紹介です。


                                         滅罪
posted by 右野翼 滅罪 at 07:25 | Comment(0) | 【日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宣戦布告すれば許されるという珍説


 「戦争は宣戦布告さえしていれば合法である。だまし討ちといわれた真珠湾攻撃も宣戦布告さえ届いていれば合法だった!!宣戦布告を手渡すのが遅れたのは外務省の責任である。外務省の怠慢は万死に値するものである。」

 このような主張が戦後一貫して保守派や旧海軍将校らから唱えられている。だがこれは基本的な事実誤認と言わざるを得ない。

 確かに宣戦布告すれば許される「開戦法規」が存在した時代もあったがそれは1907年の第二回ハーグ万国平和会議から1928年のパリ不戦条約までのわずか22年間に過ぎない。大東亜戦争の際にはすでに死文化していたものである。
 パリ不戦条約以降は理由の如何を問わず先制攻撃をしたものが侵略者なのである。
 
 また開戦法規でさえ宣戦布告から48時間後の攻撃が一般的であり、「宣戦布告というものは攻撃の一時間前でも許される」などという元海軍将校らの主張は、昭和海軍が国際法の無知だったことを露呈しているに過ぎない。
 しかも当時山本五十六ら海軍将校団は真珠湾攻撃を徹底的に秘匿していた。海軍将校らが外務省を責めるは全く筋違いなのである。

 もし現在、中共が宣戦布告後に沖縄を空襲し、自衛官を不当に殺傷すればそれは合法だろうか。
  
 宣戦布告すれば戦争は合法だという主張が仮に正しいとしても、マレー上陸作戦は真珠湾攻撃に先立って開始されており、大日本帝国は英国には宣戦布告はしていない。さらにその際、タイの国土を無断で越境している。

 そもそも彼らの言う真珠湾攻撃後に米側に手渡した文書は「日米交渉打ち切り」の文書であり、宣戦布告ですらなかった。
  

 「宣戦布告さえ届いていれば大東亜戦争は許された」という主張は事実誤認だらけで、そもそも成り立たない。しかし我々保守は戦後60年間これを声高に主張し続けてきたのである。
 なぜ戦後、我々保守はマルクス主義者に圧倒されてきたのか。それは単に偏向報道や自虐教育によるものでない。
 今後、保守思想を国民各位に浸透させるにあたり、我々もこれまでの運動のあり方について自戒と再考を進める必要がある。
 それなくしてこれ以上の保守勢力の拡大は難しいのではあるまいか。

  参考文献 
  「軍事のイロハ」 別宮暖朗 並木書房
  「歴史に消えた参謀 吉田茂の軍事顧問 辰巳栄一」湯浅博 産経新聞出版
                                      
                                       滅罪

posted by 右野翼 滅罪 at 14:37 | Comment(2) | 【日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

批判する側、外野、傍観者、観客VS創造者、演者、主催者



下は私の私淑する先生のお言葉である

………………………

政治の仕事と言うのは、私自身の経験からしても、とかく妥協の連続である。
それば現実社会における様々な矛盾や葛藤が、最終的な解決を求めて集まってくる場所が政治だからである。
それだけに、それら矛盾や葛藤に対して、政治家は落とし所を作りあげて行かねばならず、ある一つの主張に固執しているばかりでは、社会が必要とする解決を導き出す事が出来ない。
つまり、自らの主張は主張として重視しつつも、現実的対応としては、つねにその修正を余儀無くされるのである。

………………………………


この文章程、政治家の主張を貫く事の難しさを的確にあらわした文章を私は知らない。

いつも私は思う、外野は安易だ。

何も知らない、と言うかやらない人間は安易だ、

私はその飲み屋の愚痴程度の事を政治批判の顔をして語る輩の心を何よりも軽蔑するのだ。

本当に的確な批判と言うものを私は知らない、
三島先生の政治批判は私は.これこそが批判と感銘を受けたが、それも現実的な政策と言うよりは、その政策に宿る魂の批評だったように思う。
が故に趣が違う。

上の引用した言葉は実に吟味していただきたい。

それは政治を語るな!と言う事でも無く、

両論併記や折衷案でお茶を濁す様な事をするのが政治なのだと認識せよ!!

と言う事でもない。

ただ政治は、単純にびびったとか、金に目がくらんだとか、知識不足とか、信条がないとか、そんなレベルの話ではないのだ。

政治は問題ばかり、しかも民間や当人同士、今の枠組みではどうにもならず、あとは政治的判断に身を委ねられる!

といったような、他では答えや決断が出せなかった問題が多い。

しかも、影響力は直接的だし、民主主義つまり国民などという茫漠でよくわからないものが主権を握っている。

混迷しないわけがない!!

もう一度言う!!

はなっから、大前提として、
政治は、混迷しないわけは無いのである。

これを覚えておいていただきたい。

そして、批評するのはイイが、人は家族は愚か、仕事、自分の事でさえちゃんとした筋道を通して、当然の事を当然のごとく出来ないものである。

あなたは会社で、家族で、およそこうあるべきと言う、主張や筋道を実現させながら生きてるだろうか??

生活に翻弄されて、過ぎてみたらあれ??
何やってんだろ??

って言う人が大半では無いだろうか??

私が言いたいのは別に政治の混迷を黙ってみてろ!!
と言う事では無く!!

普段誰も聞いてくれない説教をブログと言う場にかこつけて、かましてみたくなったのだ、と言う事だ。

それを忘れぬ事である!!


右野
posted by 右野翼 滅罪 at 23:08 | Comment(0) | 【日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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