心の底の言葉を聴く

最近ある自己啓発のワークショップに行って来た。

最後に自分の人生の目標を発表する。という企画があった。

そこでのルールは大きく二つ

一つは、安易な言葉でも硬い言葉でもイイから自分の心にちゃんとフィットした言葉である事、これはある意味感情の裏付けがあるかと言う事も含まれる。

もう一つは、聴く側は絶対に否定しない何でも肯定的にリアクションをする、その人の心の深いところに到達していない言葉のような感じがしたら、フォローして上げる感じで言う。決してアドバイスではない。

後、つけ加えると、今の現状から考えて可能とか不可能とか何だとか一切抜きの自由な、本当に心の中にある目的である。

至る過程など一切わからない荒唐無稽に見えるモノであっても良いのだ。

最初はみんな表面を撫でるような事を言う、しかし段々と本音の輪郭がハッキリして来る。

この過程が実に面白い。

そして、心の奥から出て来たな!!
と言う目的が言葉になって行くと、それがいかに日常のありきたりなモノに根ざした目的でも、いかに一般的には空想的なモノであっても、聴く方には一定の訴えかけるモノがある。

この人がこんな事を言うか!!
って言うモノでも、キャラそのまんまって言うモノでも一定の引き込まれるモノを感じた。

私は、

『この歴史と伝統の国、日本に生を受けた男として、先人様が妻や子に会うことをどれだけ願ったろう、最後に日本の土を踏んで一日を噛み締めたらどんな想いだっただろう。
その一日が叶わなかった人達の魂と共に、その一日を与えられている者として、それを受け継ぐ者として一日を過ごし。
これこそが我が人生であったと、これ以外の道は決して無かったと、自分を自分の思想の塊と化して死ぬ事である。』

と発表した。

これには皆驚いていた、
目的が死ぬ事、と言う内容に、ついてどうも納得いかない人がいるようでフォローの言葉を頂いた、
その方には、最後こそ重要だと、死と言うものが自分の中で重要なのだと言った。
生きて何をなすとか、どう言う性格になりたいとか、どういう暮らしを送りたいとかそれは私にとってどこまでも過程なのだ。

次の日、と言うものもはや望まない場所。

まあ、それはいいとして、ポイントは私はこの気持ちをいかなる人間にも言った事はなかったと言う事。

考えてみればこの様な人生の心の底の、可能不可能とかを鑑みもしない叫びにも近い望み、と言うものを言葉で表明する機会など一般的にはあるわけがない。

友達に、ねえねえとかって言うこともないし、親にも。

例え、お前の人生の心の底からの目的は何か??

と問われても、何と無くこんな感じなら当たり障り無いだろう、と言うものをサラリと言うにとどまるだろう。

この様な、心の底からの言葉をありったけ表明するという体験は私にとって非常に有益なものだった。

私は常々、あらゆる反論にたえながら自分の意志を構築し貫く事こそ、大切だ。とだけ考えていた。

が、それとは違う視点も凄く重要で、あらゆる否定なしに承認を得られる場所で、本当に心の底からの言葉を表明するという事もそれと同等に人にとって大事な事であるという認識を得た。


みぎの


posted by 右野翼 滅罪 at 16:33 | Comment(2) | 【日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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