青年よ!疑問を抱け!!


最近在日にTwitterでよく絡む。

かなり、在日はぶっ飛んでいるが、根本まで進めて行くと、『うっ』と切り返せない議論もあってそれが非常に面白い。

一つは憲法の国民と言うのは外国人も含む住民の事である、

と言うモノだ。

これは聴いた瞬間噴飯物だったのだが、よくかんがえたら反論が出来なかった。

なぜなら、外国人向けの憲法など無いからだ、

確かに参政権問題の時に、96条第二項の住民とは日本国民を指す、と言う判決が出た。

事はある、日本国民じゃないなら、外国人は憲法守らなくてなくていいのか??

となるとそんな事は無くて守らないと行けないし、権利も与えられている。

問題なのはこれは外国人にも適用しますよ、これは日本国民だけに適用しますよ、とわざわざ書いていない、というのが在日の理屈で。

だったら我々も国民だ!!!

と言って、こっちに逆に出て行けなどと言い出す始末。

まあ、それはいい。

こういった議論をして、疑問符がある状態で、村田春樹先生の講義をネットで聴くと、めちゃくちゃ入ってくる!!

いつも聴いているのだが、聴き流しているだけなのである、
しかし、一旦自分が主体的に疑問を持った瞬間、水門が開いたかの如く、内容が入ってくるのである。

現代人は疑問を持つ前に、答えが氾濫している社会にいる、疑問が頭の中でグルグル回ると言う経験をしなくなっている。

学校教育もそうである、
一つも知りたい事なんか無いガキに無理矢理教育を詰め込む。

まあ教育とはそう言うもんなのだから仕方がないとは知っている。

勉強興味なーい、やりたくなーい。
じゃあ、学校行かなくていいよ!!

と言う事で、学校に行ってない奴といつも遊んでいたから、それはダメだとは分かってる。

しかし、あえて言いたい。

行きたくなけりゃあ行くな!!
先生に迷惑、学校に迷惑、国に迷惑、俺に迷惑だ!!!!

俺なんかまた幼稚園から大学まで行き直したいくらいだと言うのに、何も知りたい事なんてないフニャフニャ脳なら行かんでよし!!!

とにかく与えられて、与えられて、それを有難いとも思わずに、迷惑がっておけばいいし、一生やってればいいのだ。

我々はそうならない為にも、日々疑問を積極的に持ちましょう。


何でこうなんだろう??

ここはおかしく無いか??

何で皆これを濁すんだ??


疑問を研ぎ澄ませば研ぎ澄ますほどにその結論はあなたの血となり肉となります。

壮年よ!!疑問を抱け!!


みぎの


posted by 右野翼 滅罪 at 17:44 | Comment(0) | 【日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中国進出企業雑感!!


まず言っておきます。

中国に進出してる企業はバカですクズです、売国奴です。

従業員が被害にあったらお前どうするつもりなんだ??

お前、金儲けにいってる銭ゲバの癖しやがって日本の外交問題の足引っ張りやがって、日本の国益AND国の威信を地に落とそうとしやがって、そのくせ、中国のいう事は頭下げて二つ返事で聞く、クズヤロウが!!!

第二次通州事件がお前達にはお似合いだよ!!!!

とかなーーーり手短に心情を吐露した上で意見をいいますが。


日本がしなければならないのは、

政府はまずチャイナリスクをちゃんと明らかにして企業達には注意を促す、こんな国ですよーー、行ったらどうなるか知りませんよーーー、いきなり捕まったり、あっちで裁判にかけられたりしたらどうなるか知りませんよーーー。
はやっとく。

そしてもういっぽう、

中国には、日本人に指一本でも触れたら、またすぐ支那事変になるけーの!!
という気概を示さなければなりません。

中国に限らず、日本は憲法の影響もあり、海外の邦人が危険にさらされても何にも出来ない腰抜け国家なのです。

いきなり尻見せ、こそしていませんが、ぬけ作国家なのです。

早期憲法改正実現に願いを込めて!!!

みぎの
posted by 右野翼 滅罪 at 17:32 | Comment(2) | 【日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

稲作は金で考えてはいけない


私はデンマーク人の監督のラースの映画が大好きで、ドッグヴィルとマンダレイは未だに好きです。

ドッグヴィルは昔見た事があって、印象的な映画の一つだった。

今回また見て前よりも深くそしてえぐる様な映画だと再確認し、影響を受けた映画は?
と聞かれたらすぐに名前が上がる映画となった。

映画の話はさておき、このマンダレイと言う映画の中で、

黒人と白人が様々な苦労を共にしながら、綿花を植え、そして飢えながらも、綿花を収穫に成功する。

そして、収穫するとその後、必ずツバメが訪れ、飛び立って行くのだが、その光景を皆で仰ぎ見る様が非常に印象的だ。

その神々しさは、まさにその人々にだけ訪れるモノなのでしょう。

ひるがえって我が国ですが、言うまでも無く我が国はお米の国です。

お米は我が国の国体であり、信仰の対象であり、わが国の精神をになってきたものです。

我が国は豊葦原瑞穂の国であり、天皇陛下の新嘗祭は収穫祭であり、
日本で食事といえば、ご飯であり。
生活の糧を得る事を、飯をくう。
といいます。

田圃とお米と共に日本人はあった。

その習俗も信仰も喜怒哀楽も共にあった。

我々の祖先、いや、農家の方々は今も、田を営み、畔を作り、草をとり、苗を作り、植え、収穫する。

米をとり、神に捧げる。

団子を作り、お餅を供える。

そして、お米の最終製品とも言える、お米を醸した、お酒を供え、そしてそれを皆で酌み交わす夜は、明らかに神と一体になったであろう。

無から、自然と一緒になって生を営んで行く!!

彼らは、まさにその結晶である、日本酒を酌み交わす時、自分が世界と一体の存在であると知っていたに違いない。

神々しさはその様なモノであろうと思うのです。

みぎの
posted by 右野翼 滅罪 at 17:39 | Comment(0) | 【日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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