【真珠湾への道】弐

序文

「なぜ太平洋戦争が勃発したのか。」という命題は昭和史研究に携わる者にとり最大の論点と言っても過言ではない。

これまで各界で様々な説が唱えられてきたが一般によく知られるものとして次のようなものがある。


まずは日本が日露戦争以降一貫して領土拡張と侵略を進めてきたためだというものがある。

これは現在、主に左派勢力が主張している。

東京裁判では日本の内閣は長期的な領土拡張計画のもとに一貫して侵略的政策を進めてきたのだとされた。


それに対する反論として経済制裁で追い詰められやむなく開戦に至ったのだという主張がある。

これは主に右派の主張で極端なものになると白人からアジアを解放するための解放戦争であったという主張や

ルーズベルトの陰謀にはめられたのだという陰謀論まで存在する。
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だがこうした論にはいくつかの疑問点がある。

まず一貫して侵略政策をとり続けてきたという主張だが「日中十五年戦争史」で大杉一雄氏が指摘されているように

現在は忘れられているが日中間の戦争だけとっても満州事変から日華事変(日中戦争)までは4年間もの停戦協定が存在している。

満州事変、日華事変、太平洋戦争までの間だけをとってもこの15年間の間には停戦機関もあり、

停戦交渉をはじめとする様々な外交交渉が行われており、

一貫して侵略政策を推し進めてきたというのは余りにも論拠を欠くのではないだろうか。


明治以来長期的な侵略計画をもっていたというのも政権交代のある日本では無理な話で、

そもそも日本は第一次世界大戦で得た山東半島の利権を中国に返還している。


そして自存自衛のための戦いであったという主張も疑問点の多いものだ。

「日本の中国政策を非難するアメリカが石油禁輸と強硬案ハルノートで日本を追い詰めたため。」

ハルノート
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というのがその論旨であるがこれは幾つかの重要な点を無視している。

まずアメリカは日本が南部仏印進駐に対して石油禁輸を行ったのであってその逆ではない。

そして南部仏印進駐は日本国内で政策決定され行われたのであって決してアメリカの策謀で行われたのではない。

日本の軍事的冒険に対して英米が制裁を実行したのであって逆ではないことは単純な事実である。

まして白人支配に対する戦いというのは余りにも偏った見方である。

太平洋戦争に至るまで政府、

陸海軍内で幾度となく連絡会議が行われているがそこでは

白人支配に対抗するための政策など一度たりとも議論されていない。


一般に唱えられるこうした開戦原因に疑問を感じ、

太平洋戦争が行われた過程を追いつつその原因に迫るのが本論文の第一の目的である。

本論文の第二の目的は誰が主体となり太平洋戦争を行ったかである。

不思議なことにこの点について左右両派の見解は概ね一致を見る。犯人として多くの人が槍玉に挙げるのは日本陸軍である。

そして海軍は日華事変拡大、太平洋戦争開戦にも反対であったと主張する。

太平洋戦争は海軍の反対を押し切り、頑迷な陸軍が始めたものであるという人が数多い。

これは俗に「陸軍悪玉史観」と呼ばれるもので満州事変以来暴走を始めた陸軍が日華事変を開始、

大陸で行き詰まると南方へと進み太平洋戦争を始めたというものだ。


満州事変や2 ・26事件といったテロやクーデタ−を引き起こしたのは陸軍軍人であったし、

戦後、東京裁判においてもA級戦犯として裁かれたのはほとんど陸軍関係者であったために通説となっている。

だが以前から同じ国の軍事組織がこうも違うのだろうかという疑問があった。

どこか出来すぎた話ではないかとしばしば疑問に感じていたが、

なかなか陸軍を追求する資料以外に出会う機会に恵まれなかった。


だが幸運にも近年、これまでと全く逆の見解を示している複数の識者の意見に触れることが出来た。

別宮暖朗氏や保坂正康氏などで海軍は戦争に戦争反対どころか、

対米戦を考えたのは海軍であると主張しているのである。

太平洋戦争はどのような過程を経て開始されたのか。

そしてこれまで英明だとされてきた海軍はいかに太平洋戦争に関わったのか。

主に日華事変勃発から真珠湾攻撃までの過程を追いこの二点を究明が本論文の趣旨である。

≪次の記事 3.日華事変前夜の国際情勢≫


posted by 右野翼 滅罪 at 23:00 | Comment(0) | 【日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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