【真珠湾への道】九

第四節 英米可分論


「世界情勢の推移に伴ふ時局処理要綱」(以下時局処理要綱)は次のような内容だった。

1、東南アジアの英国植民地である香港、マレー、シンガポールを攻撃する。

2、状況如何によっては北部仏印に対して軍を進駐する。

3、ドイツの英本土上陸開始か日華事変の停戦が発生すれば作戦は発動する。


だが日華事変停戦が実現せずとも蒋介石が頼みとするイギリスを攻撃すれば

重慶政府は自動的に降伏するであろうからドイツの英本土上陸が始まれば作戦は開始する。


また外交分野では対ソ国境安定と枢軸強化が実施された。

ここでの枢軸強化は単なる防共協定強化とは大きな違いが見られる。

40年 7月中旬に外務省で準備された「日独伊提携強化案」では仏印、蘭印の日本の政治指導権をドイツに認めさせ、

日本はドイツの欧州覇権を認めることとしている。

東アジアではドイツの英打倒を容易にするため「牽制手段」として

陸海軍がシンガポール攻略を行うこととなっていた。

また参戦は要請なしでも自主的に行うこととなっていた。

この内容は単なる同盟強化だけではなく、英仏蘭の植民地に対する分割要求が盛り込まれていた。

この作戦の基礎をなしていたのはアメリカは敵対しないという「英米可分論」である。

ここで注意したいのは陸軍の主張は極めて攻勢的であるが、

あくまで対英戦だけを考えており、オランダましてやアメリカと敵対しようという意図はない。

真珠湾攻撃で実行された対英米蘭同時攻撃の発想は当初考えていなかったことが伺える。

ところが対案で海軍は東南アジアのイギリス領を攻撃すれば

アメリカが参戦し戦線の側面と背後が脅かされ作戦が崩壊するであろうという

「英米不可分論」を主張した。


その主張には英米は一体であるとする「英米一体論」が根底にあった。

「そして英米不可分論の立場から対米戦に対しても備えが必要であると海軍は考えた。

8月24日の上奏を経て「水師準備作業」を開始、「水師準備作業」とは上陸中の水兵の休暇を取り消し、

艦艇に弾薬等の軍需品を戦時定数通りに充足させる動員命令である。

この経過を見れば「陸軍によって海軍が対米戦に引きこまれていった。」という主張は的を得ていないことがわかる。

それどころか最初にアメリカを敵として捉えたのは海軍だった。

結果的に海軍の提案は承認されず 40年の時局処理要綱は対英戦のみを念頭に置いた作戦計画となった。

だがこの英米不可分論が後に恐ろしい事態を引き起こすことになる。

かくして日華事変終結を妨害された陸軍はドイツの勢いに乗り対英攻撃で突破口を見出そうと考えた。

だがこれを実行すれば日華事変終結どころか逆にイギリスまで敵としてしまうというという当然の事実について陸軍は考慮しなかった。

 この対英作戦は結局実行に移されることはなかったのだが、

日華事変の泥沼から抜け出すため第三国攻撃で活路を見出そうという発想は後々の日本の進路に多大な影響を及ぼすことになる。

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posted by 右野翼 滅罪 at 23:00 | Comment(0) | 【日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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