【真珠湾への道】十八

第四節 合衆国動く

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昭和16 年7月 25日、既にフランス政府の了解を取り付けた日本は、

アメリカに対して武力行使による侵略ではないことを通告する。

日本は平和的手段による進駐と考え、楽観的に捉えていた。


当時、アメリカは中立政策をとっていた。

ヒトラーが欧州を併呑し、イギリスに空襲を加えても世論は戦争に介入することに反対していた。
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そしてヒトラーのロシア侵攻を見て短期的勝利を予想してもドイツに対して宣戦を布告する空気は生まれなかった。

直接本土が危機に晒されない限り、アメリカ世論は介入に反対だった。

海軍の主張した英米一体論が誤ったものであることもわかる。

アメリカは英本土上陸が迫っても軍事行動を起こそうとしなかったのである。

だがルーズベルト大統領はこの時期になると欧州の戦局を見て危機感を強め始める。
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ドイツは快進撃を見てロシア崩壊が予想される事態に遭遇すると陸軍の予備役180万人の招集を開始した。

ドイツが欧州を席巻し、この上ロシアを制圧するという事態は放置できないと考え、

動員に時間のかかる陸軍に不足の事態に際し準備させたのだ。

そしてドイツの同盟国日本が英国やソ連を攻撃する事態も懸念した。

興味深いのはアメリカは自国が攻撃されるという事態について考慮していないという点である。

アメリカは真珠湾攻撃を受けるまでイギリスに対しては

日本軍の攻撃について警告を出しているが米太平洋艦隊には警報を出していない。

空母による奇襲は新しい真珠湾攻撃まで日本海軍以外に知られず、

5個師団以上の兵力を一度で海上輸送した国は存在しなかった。

アメリカは日本がそこまでの攻撃力を有しているとは想像もできなかった。

そして独ソ戦に呼応しての南部仏印進駐を見て

アメリカは日本の対英攻撃を食い止めるため在米日本資産の凍結という強攻策に出た。


だが日本はいまさらアメリカに屈するわけには行かず、

7月28 日南部仏印に予定どおり進駐。

そこでアメリカは 8月1 日、石油の対日禁輸を実施した。

これは今までにない強攻策で日本側に衝撃を与えた。

ルーズベルトの態度は明確となった。

世論は軍事介入を是としないが、欧州がヒトラーの手に落ちれば明日は我が身である。

直接介入が不可能ならば両国に対する軍事援助を開始し、

アメリカもドイツに備えるべきだとルーズベルトは決断した。

そして対日石油禁輸を決定したその日、米ソ経済援助協定が調印。

ソ連に対する武器援助が開始された。

矢継ぎ早に8月9日、ルーズベルトはチャーチルとニューファウンドランドに碇泊中の巡洋艦オーガスタの艦上で会談し、

大西洋憲章を起草した。

これは中立国アメリカがイギリスに武器援助をする方法についての会談で、

戦争目的についても明確化された。ナチス・ドイツ打倒のためアメリカ、イギリス、ソ連が提携することが確認され、


動向の不明な同盟国日本に対してはドイツと連携して軍事的冒険を行わぬよう牽制することとなった。

≪次の記事 19.帝国国策要領≫


posted by 右野翼 滅罪 at 23:00 | Comment(0) | 【日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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