フライングタイガース論

e.フライング・タイガースは義勇兵という点

質問内容

『フライング・タイガースは義勇兵という点
1945年参謀総長マーシャル大将は「アメリカ軍人が、日米開戦の前、すでにフライング・タイガー社員に偽装して中国に行き、戦闘行動に従事していたこと」を認めたそうです。
また、1991年米国防総省はフライング・タイガース259名が正規兵であったことを認めたそうです。
同軍司令官クレア・シェンノートが考案した日本爆撃計画「J.B.No.355」はルーズベルト大統領が承認し、この計画に基づきB-17が中国へ供与されました。
大統領の署名日付は1941年7月23日です。

表面上は傭兵部隊の体裁を整えていたとしても、本質的には米政府の意思から切り離された存在とは言えないのではないでしょうか。』

[滅罪先生的見解]
 
 飛虎隊(フライングタイガース)の初陣は昭和16(AD1941)12月20日の昆明迎激戦で99式双軽3機を撃墜したことに始まります。

 真珠湾攻撃と陸軍の南方作戦計画の発動に打ちひしがれていた米国民にとり、義勇兵パイロットとはいえアメリカ人が行った初のカウンターであり、伝説的存在となりました。

 彼らは制服も階級もなくカウボーイハットとショートパンツに2丁拳銃を引っさげ、乗機のカーチスP−40には赤口の鮫と青天白日のマークをあしらってました。

 ある意味で話題に事欠かない存在で、‌トムクルーズ主演で映画化の話まであります(個人的にはすごく見たい)。

ただそのために史実とは異なった話が一人歩きしているのも事実です。

 「中国的天空」(大日本絵画)の作者、中山雅洋氏によればアメリカ国内で客観的に日米の撃墜記録を照らし合わせた資料は皆無だったそうです。

 日本でも保守系メディアを中心に飛虎隊の存在がクローズアップされています。

米国の軍人が大東亜戦争前に日本軍と交戦していれば真珠湾攻撃の汚名を軽減、もしくはアメリカへの反撃であるという逆襲に転じることができるという願望からだと思われます。

 資料も少なくネット上でもフライングタイガースはアメリカ軍が極秘派遣した不正規戦闘部隊であったかのような言説が溢れています。

 そのためこの問題については資料選びに慎重であるべきだと思います。

マーシャル大将の証言はジョン・トーランドの著作にありますがトーランドは作家であり歴史事実について誤りも多く注意が必要かと思います。

 私も歴史学者ではありませんので原典にはあたれませんが、先にあげた「中国的天空」と「第2次大戦 世界の戦闘機隊」(秦郁彦 酣燈社)を参考にしました。 
 まず注意が必要なのは国府軍は様々な国から武器を購入しており、また時期によって支援国も異なるということです。

 支那事変開戦当初は機体の主力はホークV米国製航空機でした、しかし中国空軍の最大根拠地は南昌にあった航空機製造・修理工場や訓練学校はイタリア人によって設立されたものでした。
 そして陸軍はドイツ製装備と占められ、作戦立案もドイツ軍事顧問団によって行われていました。

つまりアメリカだけが中国を支援していたわけではありません。

 そして支那事変勃発以前から米国人軍事顧問はいましたが彼らは実戦に参加することは厳重に禁止されており、参加した場合軍人恩給打ち切りを通告されていました。

 1932年の第1次上海事変では,ボーイング218型に搭乗したロバート・M・ショートが日本海軍の生田乃木次大尉と空戦、撃墜されていますが彼は高給目当ての傭兵です。こうした傭兵パイロットはルーズベルトが大統領に就任する以前から存在していました。

 そして有名なクレア・シェンノート(陳納徳)も米陸軍航空隊ではみ出しものとなり、気管支炎と難聴で入院していたところを月給1000ドル(現邦貨換算で約1200万円)でスカウト、昭和12年の5月に中国に渡りました。

 つまり当時、中国軍にいたのはアメリカ人は傭兵と軍事顧問だけで極秘部隊が派遣された形跡はありません。

また軍事顧問の派遣ならば帝国陸軍も張作霖・閻錫山・孫伝芳・袁世凱・段祺瑞に軍事顧問を派遣していました、つまり傭兵はもちろん実戦に参加していない軍事顧問の派遣程度では真珠湾攻撃が許される様な敵対行為とはなりません。

 ただ米国製装備の中国空軍は開戦まもなく壊滅し、12月には南京上空でソ連軍パイロットが駆るI−16戦闘機が海軍航空隊の眼前に出現しました。

 これは昭和12年8月の中ソ不可侵条約後に派遣されたソ連空軍志願隊でした。

支那事変空戦の第二段階ではこうしたソ連軍パイロットによるI−16が主敵となりました。

 彼らは義勇兵とは名ばかりで実際には「Z作戦」と命名されたソ連軍の命令に基づいて派遣され実戦にも公然と参加、合計で1250機が派遣されました。

 問題にすべきはこちらのほうでしょう。

現に外務省はドイツ・ソ連には再三抗議していますがアメリカには抗議していません。 

 このソ連空軍志願隊さえも次第に陸海軍航空隊に撃破され、またノモンハン・冬戦争・赤軍大粛清とソ連も余裕がなくなり昭和14年(AD1939)末頃になると支援も減少してゆきました。

 重慶爆撃が始まるともはや蒋介石の頼みの綱はシェンノートを頼りに米国人義勇航空隊を組織

しつつ、米国に支援を要請する事のみとなります。
 昭和15年(AD1940)秋に帰国して要員の募集と機体の調達当たりましたが米国の反応は極めて冷淡でした。 

 すでに前年に第2次大戦が勃発しており、アメリカ国民の最大の関心はバトルオブブリテン最中のイギリスであり、それ以外ではフィンランドで中国にはありませんでした。

米国民の中国観は重慶爆撃に対する「同情」を超えるものでありませんでした。

 すでに戦闘機はおろか練習機や沿岸哨戒機に至るまで英連邦に買い取られており英国からキャンセルされたカーチスP−40を100機なんとか手にすることが出来た程度です。

 ちなみ英国向けと偽装して戦闘機が中国に極秘派遣されたかのような話もありますが事実はカーチス社が英国に評価されずキャンセルされた事実を隠し「早くしないと英国に買われる」と中国側をけしかけたというのが真相です。 
 
 パイロットの募集も難航しました。冒険飛行士達はフィンランドやイギリスに向かっており、「中国のために日本と戦おうというパイロットは1人もいない」(宋子文)という有様でした。
 さらに追い討ちをかけたのがシェンノートがもとより米軍内で嫌われており、スカウトを始めてもアジアに航空隊を派遣しないと政府に声明を出された上、陸海軍航空隊では参加禁止命令を出されました。

 ただ一機撃墜ごとに500ドルのボーナスを唯一の武器に、戦闘機パイロットだけでなく艦爆・艦攻・テストパイロット・練習航空隊教官片端から声を掛けどうにか110名のパイロットと200名の地上要員を確保しました。

本職の戦闘機パイロットは110名中わずか17名です。
 
ところが英空軍が提供するビルマ・トングーの基地に到着するや蚊と沼地の劣悪な環境に襲わ
れます、米国政府からの被服や食料の補充などありません。

 これに嫌気をさしパイロット40名を含む136名が脱落しましたが、この敵前逃亡には軍法会議にもかけられず、これに対する欠員の補充ももちろんありません。
 こうした困難を乗り越えひたすらシェンノート独特の2機単位による一撃離脱戦法の訓練に励み真珠湾攻撃後、昭和16年(AD1941)12月20日初陣を迎えます。
 これがAVG(American Volunteer Group)、フライングタイガースの実態です。

 つまり小林よしのり氏の「戦争論3」やネットに溢れる「大東亜戦争以前に精鋭パイロットが極秘派遣された」というのは時系列を無視し、いくつかの事実を取り違えた事実誤認であることがお分かりかと思います。

 大東亜戦争開戦後に飛虎隊は米空軍に編入されますが、ほとんどの隊員がこれを良しとせず(基地司令を上回る高給がなくなり逆に対地攻撃などの契約にない任務に参加させられる)、離隊者が続出しました。

 さらにスチルウェル中将ら開戦後に派遣された正規軍人たちも高給取りにも関わらず階級もユニフォームもなく米軍にはない慰安所を持つ彼らを心よく思わず、正規軍との折り合いも悪かっため昭和17年7月2日をもって解散しました。
これをみても政府の関与はないことは明らかです。
(行動はモニターしていましたが)

 また最近は保守論壇でアメリカが中国に爆撃機を供与し日本本土爆撃を企図していたとまことしやかに唱えている方がいます。
 まずフライングタイガースに爆撃させようとしていたという人がいますがこれは明らかな曲解です。
前述したようにシェンノートはトングー基地でカーチスP−40による一撃離脱戦法をひたすら訓練させており爆撃機については訓練はおろかトングーに配備されておりません。

つまり飛虎隊と爆撃機中国供与を混同しています。

 ただ蒋介石は米国に重爆供与を何度も希望し、ルーズベルトは相手にしませんでしたが仏印進駐以降前向きに検討したのは事実です。

 それが昭和16年(AD1941)年7月23日にルーズベルトが署名したといわれる日本爆撃計「JB355」です。

これをもって開戦前にアメリカは日本を焦土化しようとしていたとセンセーショナルに取り上げられますが
 これが実際にどの程度実行するつもりだったのかは疑わしく、実際には爆撃機は英国が優先され供与されませんでした。そもそもB-17百機で日本焦土化は言いすぎかと。
 また日本が敵対行為をしていないのにアメリカが日本爆撃を企図したかのように言われますがこの年の7月には南部仏印進駐が裁可され日本軍が仏印に大挙して押し寄せていた時期でした。
 これは中立地帯への武力進駐で現在に当てはめれば中共軍が台湾や韓国に進駐するのと同じ事で日米が軍事行動をとってもやむを得ない事態です。
 実際には石油禁輸が行われましたがこれすらまだセーブした処置です。「JB355」が実行されたとしても年内の実行は土台無理で緊張状態における一つのプランに過ぎないのではないでしょうか。


posted by 右野翼 滅罪 at 17:11 | Comment(8) | 【日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ありがとうございます。

念のためですが、私は例えば日本焦土化とか、そういう大仰な話を支持しているわけではありません(勿論、そういう議論が保守系を中心として存在しているというバックグラウンドを元にお話されていることを理解します)。

ポイントは、
・アメリカ自身が「正規兵だ」と言っているものをあえて義勇兵と考えることもないのではないか
・実行されなかったとは言え、司令官が考えたものを大統領が正式な作戦として署名した、この事実からしても飛虎隊はただの義勇兵とは言えないのではないか
という程度のことです。

この問題について資料選びに慎重であるべきというお考えに大いに同調します。

マーシャル大将の証言の件、ソースを教えていただきありがとうございます。
私は田中正明さんの「パール判事の日本無罪論」という本の中で知ったのですが、そちらが元のようですね。

ご教示いただいた通り、兵士の実態は正規兵とは呼び難いものですね。ただ、例えば司令官であるシェンノートの意思が完全に米政府から切り離されているか、これはまた別の議論があるのかなとも思いました。

質問に記入した、91年の正規兵認定についても、例えば遺族からの名誉回復の要望などによる影響もあるかもしれません。そういう点も合わせて飛虎隊は良くわからない点があるので色々と断言するのは難しいですね。
個人的には日本を挑発する意図ぐらいのものはあったのではないか、と推測するのですが、これも明確な根拠を持っているわけでは無いです。

映画化の話、私もちょっと見てみたいですw
Posted by rhodo at 2011年03月27日 23:33
さっそくコメントありがとうございます。
おっしゃる通りシェンノートは飛虎隊結成前にアメリカ人義勇兵部隊を率いており零戦に遭遇しています。その格闘戦性能に驚いたシェンノートは陸軍省に報告しています。また陸軍側もシェンノートの行動をモニターしており双方にやりとりがあったのは間違いないでしょう。ただせっかく報告した零戦の性能諸原も無視され、ファイルに仕舞われたそうです。義勇兵を募っても相手にされずその程度の関係だったということかと思います。パイロットについては関係者が針小棒大に触れ回ったことも手伝って、遺族が名誉回復運動を起こし、国防総省も認めたということかもしれません。詳しい経緯はわかりませんが。映画は別に史実に則してなくても飛虎隊が暴れまわるという内容でも是非見たいw
ご質問については大幅に遅れて申し訳ありません。少しづつでも進めてゆきます。
Posted by 滅罪2号 at 2011年03月28日 12:53
AVGフライングタイガースが純粋な義勇軍だということなどありえません。戦闘機という国家機密に属するものが、機体は勿論、様々な運用・操縦のノウハウや整備、補修部品を民間だけで手に入れ、部隊として維持・運営できるなどということは絶対にできるわけがないのです。アメリカ側の書物をそのまま受け入れているだけですね。それともアメリカの宣伝マンですか?
Posted by 石部金吉 at 2012年04月08日 03:35
石部金吉さんへ、
AGVフライングタイガースは、「義勇軍か
正規軍か」でいえば、まごうことなき義勇軍
でした。中国政府が、米国内で募集したの
です。給与や衣食住は、すべて中国が負担
しています。パイロットの給与は、当時の
米将官なみ。さらに敵機1機撃墜ごとに、
1カ月の給与の8割のボーナスが支給され
ています。メカニック250人にも、当然
法外な高給が支払われました。
機材や部品は、イギリスから注文を受けて
いた機材のうち、性能不足(スピードが
少し遅い)でキャンセルされた100機を中国
が購入しています。当時軍用機はメーカー
が勝手に開発して、世界中に売り込んでい
ましたから、国家機密でもなんでもあり
ません。
なお、フライング・タイガースは1942年7月
に解散しています。「飛虎」たちは、5人
を除いて帰国しました。正規軍に改変され、
かつての自由さ(蒋介石や陳美齢をからか
うこともできた)が許されなくなるのを
忌避したためです。詳しくは「中国的天空」
(中川雅洋著、大日本絵画)や、「宋家王朝」
(スターリング・シーグレーブ著、岩波書
店)などを参照ください。
Posted by R・ショートを尊敬する日本人 at 2012年04月10日 19:31
ありがとうございます。
私は反米でも親米でもありませんが、
公平に見てそれはないでしょう。
「イギリスが性能不足を理由にキャンセル」!
どこの国が性能も判らずに100機以上もの軍用機を注文するでしょうか?そして一方的にそのキャンセルが許されるのでしょうか?
どんなに書類上で義勇軍(傭兵or外人部隊)の形式をとったとしてもアメリカ政府の支援がなければできることではありません。
English版wikipediaですら、ルーズベルトや軍や政府関係者が積極的に様々の便宜供与を図ったことが示唆されています。(あくまで「義勇軍」と称してますが・・・)
日本軍を攻撃する為の軍事勢力であることを明確に認識していながら自国の人員や機体を提供したことは、何と言おうが「アメリカ自身が実施した」ことになります。

                       返不要
Posted by 石部金吉 at 2012年04月12日 03:25
石部さま、R・ショートを尊敬する日本人さま

 副管理人で歴史・軍事担当(?)の滅罪です。ずいぶんと古い記事なのに議論(しかも高度な)が交わされていて驚きました。それだけのこのフライングタイガースは論議を呼ぶテーマなのかもしれません。

 私の見解は上に述べたとおりですのでこれ以上は申しません。
 ただ思うのはフライングタイガースはもはや実態を離れた政治プロパガンダの世界で語られる存在になっているのように思います。そこで一石を投じられればと思い、今回の記事と動画アップを行なった次第です。

 ともあれお二人が記事に目を通していただいたことを副管理人として嬉しく思います。

 これからもお暇があれば当サイトにお越しいただければ幸いです。
 
Posted by 滅罪 at 2012年04月12日 22:54
こんにちは!
わたし花子です。
下記参考されたし。
(前半)http://www.youtube.com/watch?v=C1cX_Fr3qyQ
(後半)http://www.youtube.com/watch?v=2Uf_3E4pn3U
Posted by 花子 at 2012年05月10日 03:58
花子様

コメントありがとうございます。
JB355は論争を呼んでいますが、ただご紹介の番組の最後にもあるようにこの計画はほとんど「机上の空論」だったのではないでしょうか。

航続距離3400キロのハドソン軽爆で中国からの往復爆撃など不可能です。

帝都初空襲を敢行したドウリットル爆撃隊は徹底的にBー24の機体を軽くして空母から飛び立ち、片道キッップで中国、ソ連に着陸することでようやく日本爆撃を実施できました。

国府軍も九州にビラを撒くことはできましたが、本土爆撃は無理です。

つまり蒋介石・シェンノートそして番組にも登場するカーリー補佐官の要請で計画を立案したものの事実上実行は難しく廃案となったというところでしょう。

                滅罪     
Posted by 滅罪 at 2012年05月10日 23:23
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