海軍暗号解読論

f.真珠湾攻撃以前に米軍は日本海軍の暗号を解読できていたなかったという点

質問内容

ロバート・B・スティネットは著書「真珠湾の真実」の中で、米海軍は1940年秋までに日本海軍のD暗号を含む複数の暗号システムを解読していたと主張しています。
この説を完全に否定し、D暗号は解読されていなかったと断言することは可能なのでしょうか。

滅罪先生的見解

スティネットの「欺瞞の日」(邦訳「真珠湾の真実」)は歴史家の間では批判が強く、例えば米暗号専門誌「クリプトロジア」の発行人デービット・カーンには「始めから終わりまで間違いだらけ」と酷評される有様です。

 「欺瞞の日」の要旨は「南雲艦隊は無線封止命令が出ていたが実際にはそれは破られていた。

結果、機動部隊はガラガラヘビのごとくの無線を発信しながら進んでおり、これらの暗号は解読されていた」というものです。 

 すでにスティネットの論については「検証・真珠湾の謎と真実 ルーズベルトは知っていたか」(秦郁彦編 PHP研究所)においてすでに決着がついたと思います。
 
 重要な点をいくつか列挙しますと
 
 ●129通の電文を受信したといっているがほとんど電文の例示がない。
 ●無線封止は破られていたと主張しているが例示されている電文には機動部隊が発信者・または受信者になっているものがなく、またヒトカップ湾出撃以降の電文が登場しない。
 ●戦後に解読されたものを戦中に解読されたように記述している。
 ●「暗号傍受」を「解読」と取り違えている。

 これはあらゆる陰謀論や歴史修正主義者(リビジョナリスト)に共通するレトリックで資料の曲解や誤認、時系列の無視・取り違えなどです。
 また伝言ゲームのような誤解も生まれます。アメリカは外務省の暗号は解読されていたしていましたがそれが陸海軍の暗号まで解読していたとなり、ルーズベルトはすべてを知っていたという話となりネット上でも溢れています。
 ルーズベルト陰謀論や9・11陰謀論の弱い点はこれが暴露されれば、紛れもない国家反逆罪でありルーズベルトもブッシュジュニアも電気椅子が待っているという点です。
 こうした陰謀論を実際に行ったとすれば通常のパトロールを行っている将兵の報告を握りつぶしたり、圧力をかけたりと大忙しとなります。在命中までそうした関係者全員の口を塞いで置くことなど出来るわけがありません。
 現に張作霖爆殺事件や満州事変は発生当初から日本軍の犯行だと見なされ、関係者が在命中に真相が明らかになりました。
 田母神閣下や中西輝政先生、櫻井よしこ女史もスティネットを絶賛しております。お三方とも尊敬していますが(一応今年まで田母神後援会会員)、やはり話題本に飛びついてしまった感は否めないと思います。  


posted by 右野翼 滅罪 at 13:49 | Comment(6) | 【日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ありがとうございます。

私のような素人がこのような問題で素朴に懸念することは、Aと言う人がいてそれに反対する形でBと言う人がいる、第三者がどちらが正しいと「断言」に至るにあたって、それを判断する材料が本当に十分であるか、ややもすればどちらか一方の論の盲信になりはしないかということです。

私は100%スティネットが正しいなどとは思いもしませんが、いくつかの興味深い指摘をしていることは確かだと思います。その上での疑問は、あくまで現時点で「海軍暗号が解読されていなかったと100%断言することは可能かどうか」ということです。

仰るとおり、「欺瞞の日」の中の重要なテーマの一つに、南雲艦隊が41年11月26日の単冠湾出港以降行ったとされている無線封鎖が実際は行われていなかった、というものがあります。
ですが、ちょっとこここで焦点を当てたいのはその事では無くて、あくまで日本海軍の暗号がそれより前に解読されていたか、という点についてです(都合が悪いから避けたい訳ではなくて、あくまで論点の発散を防ぎたいという意図をご理解ください)。

具体的に「欺瞞の日」から関連部分を引用すると、

・FBIは米海軍が1940年10月21日に日本海軍の5数字暗号(D暗号)解読の成功を確認しており、司法省の記録(FBIレポート100-97-1-98)の中で公表した。
・5数字暗号はアグネス・マイヤー・ドリスコールらにより解読され、その解読法は「RIP73」としてまとめられた。またその改訂版は「RIP80」として41年3月と7月に発行された。これらの文書は米公文書館に存在する(但し内容は公表されていない)。
・41年11月2日から12月4日までの日本の航路通報は傍受、解読されており、その暗号報告書の一部210件は米第二公文書館においてMMRB(Modern Military Records Branch)のRG457として保管されている。この航路通報には機雷敷設艦から第一航空艦隊の空母に至るまで、あらゆる種類の艦艇が含まれていた。
・41年11月15日、ジョージ・マーシャル大将は厳選された報道記者を集めた会見でアメリカが日本の暗号を破ったこと、12月10日までに開戦に至るという見解を発表した。
・41年11月29日、米海軍フィリピン暗号解読センター(CAST)の共同局長ルドルフ・ファビアン大尉の報告書には東南アジア攻略部隊指揮官近藤信竹中将からの無線電報の内容が直接引用されている。この報告書は第二公文書館にあるMMRB RG80の中に保管されている。

などという点です。

冗長で申し訳ないですが、私はこれを全て信じて、「暗号は解読されていた!」と強弁するつもりは全く無いです。ただこうした議論があることと平行して、実際の電文の例示がほとんどないとのご指摘のとおり、傍受電報の原文記録は未だにほとんど公開されていないという事実もあります(このこと自体、何事かを意味してるような気がしなくもないですが・・・)。これらの原本記録が公開されない限り、解読されていた、されていないという話は現時点では一般人には判断し難いのではないか、というのが私の率直な感想です。

「検証・真珠湾の謎と真実 ルーズベルトは知っていたか」、ご教示ありがとうございます。
早速注文しましたw
Posted by rhodo at 2011年03月28日 21:35
陰謀論やトンデモ本に共通することは『新史料発見!!』からすべての結論を導き出していることです。張作霖爆殺事件陰謀論もそうですが一つの証言のみに飛びつくのではなく、既存の資料や説をすべて納得いくように説明できねばなりません。
無線封止を破ったという証言より守ったとする証言・資料が圧倒的に多くこうしたことを矛盾なく説明できなければなりません。
Posted by 滅罪2号 at 2011年03月29日 09:34
また陰謀論者はいろいろ傍証を並べますが決定打となる資料については『今後の研究が待たれる』『政府が隠している』と逃げることです。これはいわゆる従軍慰安婦問題や宇宙人の地球飛来説にも共通する傾向です。
左翼の慰安婦本ではありとあらゆるエログロ話が出てきますが肝心の『強制連行の有無』については触れず、巧みに日本軍が強制連行したかのように誘導しています。
ただあるシナリオにそって恣意的に資料をそろえると不思議とそれらしいストーリーが出来上がっていき、説得力も生まれてくるのが曲者です。
ただそれは事実では
ありません。
Posted by 滅罪2号 at 2011年03月29日 09:49
ありがとうございます。

確かにご指摘頂いたとおり、その本が特定の結論を導くために史料を偏重しているのではないか、と疑念を持つことは、大変重要なことだと思います。
ただ伺っていて思ったのですが、ちょっと陰謀論だとか、トンデモ本だというお話が先行し過ぎているのではないか、という点を危惧しました。

まずできればなのですが、無線封止の話と暗号解読の話は切り分けて考えたい、と思っています。勿論関係する部分はあるのですが、それぞれの議論でスティネットが根拠として示している史料は別々にありますから、仮に無線封止はなされていた、と示すことができても、すなわち海軍暗号も解読されていなかった、と直接結び付けて言うことはできません。私が始めに設定させて頂いたご質問はごくシンプルで、「海軍暗号は解読されていたか否か」ということのみです。「欺瞞の日」には他にマッカラム覚書など重要なテーマがありますが、無線封止やそれらを含めた全てのスティネットの議論を云々したい、というわけではないのです。

あと、念のため元のご返信の「アメリカは外務省の暗号は解読していたが、陸海軍の暗号まで解読していたような誤解も生まれた」という点についてですが、スティネットは前者をパープル暗号、後者(海軍暗号)をD暗号(5数字暗号)、呼出符号、航路通報暗号(SM暗号)、辛暗号(S暗号)の4システムと、明確に区別していますし、私もそれらを混同していないつもりです。あくまで外務省の暗号ではなくて、海軍暗号についてです。

その上で、暗号解読について具体的にスティネットの誤っている部分はどこだろうと、そのことを具体的に考えていくことができればと思っています。

また、私が「原文記録は公開されていない」と書いたことが思わぬ方へいってしまいましたが、私はスティネットを弁護したくてこのことを言ったわけではありません。傍受の原文記録が非公開であることは事実ですよね。私は単に、だから現段階では、私のような第三者が簡単に断言するのは難しいのではないのかと思ったと、そういうことです。
Posted by rhodo at 2011年03月29日 22:28
失礼しました、やや脱線しました。
やはり定説どおり海軍暗号Dの解読はミッドウェー海戦からかと思います。
Posted by 滅罪2号 at 2011年03月30日 17:40
いえ、とんでもないです。
何かこちらこそ偉そうにすいません。

ご紹介いただいた「検証・真珠湾の謎と真実」を入手したので、早速読んでみました。

第一章(須藤眞志氏)はルーズベルト陰謀論の概要とABCD包囲網、大西洋会談、ハル・ノートなどについて、第二章(今野勉氏)は真珠湾を予見したとされる人々について、第三章(左近充尚敏氏)は通信情報戦について、第四章(秦郁彦氏)はマッカラム・メモと無電封止についてという全4章立てで、一応全部読みましたが、私が知りたかった部分は大体第三章に書かれていたかと思います。

読んでみた感想ですけど、結構面白かったです。ただ、やっぱりこれを持ってどっちが正しいと言うのは正直ちょっと難しいかな、とは思いました。
まず、左近充さんはスティネットの提示している証拠について、ヒトカップ電と41年9月24日のロシュフォートによる通信情報要約しか取り上げていません(ヒトカップ電の話は面白かったですけど)。例えばFBIレポートやRIP73及びRIP80、航路通報暗号、ファビアン報告書等には全く触れていないので、その点批判としてはちょっと不十分・・・、と思わざるを得ないですね。

また、基本的に左近充さんが「五数字暗号(JN-25b)は解読されていなかった」とする根拠はステファン・ブディアンスキー の「プロシーディング」誌に寄せた論文及び氏の著書「Battle of Wits」と、その元となっている米公文書館のJN-25b解読に関するOP-20-Gの文書のようですね。ここが一番大事な部分だと思うんですけど、この人の本に書いてあるからこうなんだ、で終わってしまっているのが少し残念かなとも思いました。

ブディアンスキーの本は結構面白そうですね。スティネットも書いていない暗号解読のプロセスについて触れているし、OP-20-Gの記録も興味深いので。ブディアンスキー自身は犬や馬の本も書いたりと、何か謎の人物だとは思いましたがw

一応私の中では、まだ結論を出すのは早いという結論で落ち着きそうです。
Posted by rhodo at 2011年04月01日 22:22
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