『自衛隊派兵から見る憲法九条の真意〜イラク自衛隊派兵は違憲か〜』その弐



9条1項の戦争放棄条項の起源は第一次大戦まで遡る。
この大戦まで戦争とはクラウゼヴィッツの言葉にあるように『外交の一手段』であった。債権取り立てのための戦争は違法であったが、戦争そのものを禁止するような条約はなかった。戦争とはいわば国益追求のためのビジネスの側面を持つものであった。
だが第一次大戦後、そうした認識は一変することとなる。
本大戦は欧州を中心に当時の大国すべてが参加する激戦となり八百万人の若者が戦場に倒れた。これでは勝者であって国益追求どころではない。
列強はこの多大な犠牲から全ての戦争を無くすことは不可能でもこのような大戦争だけは防がねばならないと考えた。
そのための具体的な方策が戦後のロカルノ条約、ついでこれを世界規模に拡大したのがパリ不戦条約であった。
この条約の内容は『先制攻撃の禁止』であり先制攻撃者を侵略者と規定するものであった。近代戦開始には必ず大量の予備役の動員が必要である、つまり先に動員を行った国が戦争を仕掛けたことは明白であり、これを条約によって禁止すれば戦争は大幅に減少するという発想である。
これにより経済問題であれ領土問題であれ武力で解決することは禁止されたと考えてよい。そして如何なる理由でも先制攻撃を行った方が侵略者であり、どちらが先制攻撃を行ったかは動員状況をみれば素人でもわかる。 許される戦争とはパリ不戦条約違反の『動員による先制攻撃』を仕掛けられて反撃を行う場合のみであり、これが自衛戦争である。
同条約は現在でもって有効であり、また現在の国連憲章7章にも同様の内容が定められている。
これを見れば憲法9条1項はパリ不戦条約と同様の趣旨であることがわかる。
つまり『国権の発動たる戦争』『武力の行使』とは参謀本部の作戦計画に基づく総動員が行い、外国または外国軍に攻撃を加えることである。
これに類する文章は各国の憲法に見られる。
歴史学者の別宮暖朗先生が世に広めるまで侵略の定義、1項の正確な意味は広く理解されていなかった。これが正確に理解されない一因はこの憲法が進駐軍の大学卒業間もないアメリカ人によって即興で作られたことである。 つまり学生用語による英語をそのまま日本語訳したため、9条に限らず憲法そのものが難解あるいは意味不明の文章なのである。
また1項はまだ理解できるが2項の『陸海空軍その他の戦力の放棄』が異常極まりない内容なのである。 1項が下手くそなパリ不戦条約の焼き直しそれを達成するために戦力放棄など考えられない。そもそも仮に条文に銘記されていなくても近代国際法において『自衛権』を否定する法など存在するわけがない。
当然日本国も自衛権を有している。だが2項の戦力放棄がこれを不可能にしてしまう。
憲法9条に保守論壇で言われる日本弱体化の意図があることは明らかだ。
応急処置としては2項の即刻改正、そしていずれは自主憲法制定も実行する必要がある。


posted by 右野翼 滅罪 at 21:58 | Comment(0) | 【日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。