内乱としてのオウム真理教事件2〜戦慄の日〜

オウム真理教は信者達に近くハルマゲドン(世界最終戦争)が起こると叫びながら、その実自らの手でハルマゲドンを発生させようと画策していた。それはサリン散布を主体とした東京壊滅作戦を実行し、アメリカとロシアの核戦争を誘発させるというものであった。後段はいかにもお粗末だが、前段の計画は着実に進みつつあった。
このような武装蜂起のプランは綿密に進ているにも関わらず、後は成り行きに任せる計画は5・15事件や2・26事件、赤軍派の大菩薩峠事件など日本の戦前・戦後に発生したクーデター事件に共通するものである。
首都圏に空中からサリンを散布するため旧ソ連性の軍用ヘリを買いつけ、農薬散布用のラジコンヘリも多数購入した。また都内の重要施設の風上に位置するアパート次々借りつけていた。
だが首都壊滅作戦が秘密裏に進む一方、オウム真理教への包囲の環も狭められつつあった。坂本事件等を理由に警察の強制捜査が迫りつつあったのだ。
平成7年、3月20日オウムは捜査撹乱のため東京の地下鉄でテロ計画を炸裂させた。世にいう地下鉄サリン事件は死亡者13人、負傷者約6,300人の戦後史上の未曽有のテロ事件となった。これは世界においても9・11テロまでは最大の被害者を出したテロであった。アメリカ国務省は現在も後継団体アーレフをテロ組織に指定している。
周辺の病院は正体不明の症状に苦しむ患者が次々に搬送され医師たちを困惑させた。警察官や消防士が被害者を救出するため丸腰で飛び込み次々に倒れた。サリンという正体不明の敵に警察も消防も対処不能となった。
この事態に対処しうる政府機関は我が国最大の実力組織のみであった。


posted by 右野翼 滅罪 at 12:44 | Comment(0) | 【日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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