内乱としてのオウム真理教事件6〜エピローグ〜

一連のオウム真理教事件は綿密なようでどこか杜撰であった。押収された『オウム製』AK47突撃銃はセミオート射撃(単射)しかできず、数百発の射撃に耐えることすら出来ない代物であった。堅牢さとメンテフリーに定評があるAK47をコピーしたにもかかわらずこの体たらくであった。政権奪取の実働部隊である『白い愛の戦士』もホームレスに軍事訓練を施したもので戦闘力は疑問であろう。だが空中浮遊や奇っ怪な行動で世間に嘲笑させた彼らが戦後史上稀に見る凶悪テロを実行したのである。オウム裁判が終結した翌日の読売新聞の社説はオウムが国家転覆を実行していれば『三日天下ぐらいはとれたかもしれない』と評したが正鵠を得たものだろう。 日本では『テロ』ではなく『事件』と報道される事が多く、世界初の化学兵器テロを受けたとの認識は薄かった。むしろ当の日本人より事態を重く見たのは海外の治安当局者たちである。恐れていた化学兵器テロがついに日本で発生したばかりでなく、都市部でのBCテロが甚大な被害をもたらすことを世界のテロリストに実証する結果となったのだ。以後海外の治安組織は真剣にNBCテロに備えることとなる。現在のオウム裁判を見ていても、世間に国家転覆を図ったテロリスト達を裁くという認識は薄いと言わざるを得ない。
またこの事件が村山内閣の時に発生していることも見逃せない。地下鉄サリン事件は同年の1月に発生した阪神大震災に続く重大事件となった。村山は日本の歴代首相として唯一伊勢神宮に参拝せず、村山談話やアジア平和女性国民基金の創設と目を覆いたくなるような売国外交を繰り広げた。閣僚には河野洋平や橋本龍太郎、田中眞紀子と親中派が揃い、文部政務次官には後に民主党政権下で国家公安委員長となる岡崎トミ子がいた。やや脱線して恐縮だがやはり悪政は災いを呼ぶのではないだろうか。
村山ら社会党員は政権獲得まで大真面目に非武装中立を唱えていた。だが彼らが実際に政権を運営したときは外国から侵略戦争を仕掛けられることこそなかったものの、国内のテロリストからの攻撃を受けた。仮に外国との宥和に成功しても、国内のテロ組織が挑戦したとき国家はそれに対処しなければならない。そしてそうした対話の通じない狂信的集団は常に存在する。事実オウムは邪魔だと見なした人物を問答無用で拉致し殺害した。常備軍保持の必要性がここに存在する。


posted by 右野翼 滅罪 at 23:57 | Comment(0) | 【日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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