滅罪辻説法『劣等感のこと』

人の愚痴に付き合っているとだいたいでてくるのが自身の劣等感の話だ。
もっと美男子だったら良かった、もっと学があれば、もっと金があれば、もっといい地位があればと延々と不平不満が出てくる。
だが世には山と財物を抱えながら病魔に苦しみ、食べ物がまともに喉を通らぬものもいる。また大小便することままならず苦しむものもいる。そうした人は財物などいらぬからどうかどうか普通に食べ物が食べたい、どうかどうか苦しまず大小便をしたいと寝床で祈り続けて過ごしている。
食事をし、楽に大小便ができることのなんとありがたいことか、いやしているのではない神仏、祖先の御守りでさせて頂いているのだ。
このことがわかったら足りないものをあげつらって、他を妬んで不平不満をいうことは馬鹿らしいことがわかるだろう。
特にこのたびの震災で被災した方はわかった方は特にそれを理解されたことだろう。天災の前では学歴も資格も年収も関係ない、他を妬んで足の引っ張り合いをしている場合ではない、各々が知恵や力を出し合って助け合わねば生きていかれぬのだ。
ないものを探すのではなく、自分にあるものを見つけよう。そうすれば意外に自分にはあれもある、これもあると気づかされる。
ではその持っているものは自分だけで勝ち取ったものだろうか。
否、育ててくれた親がいた、段取りをしてくれた恩人がいた、助けてくれた友がいた。思いかえせば奇跡としかいいようのない連鎖だ。その背景には神仏祖先の見えぬ守護があるのである。
不平不満をいうのは感謝が足りないからである。それを体で理解すれば、劣等感など感じようはずがない。

滅罪


posted by 右野翼 滅罪 at 16:42 | Comment(0) | 【日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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