滅罪辻説法『先祖のこと』

危篤な読者の皆様。 少し私のわがままにお付き合い願えないだろうか。 まず紙と鉛筆を用意して欲しい。そしてどこでもよいから自分の名前を書いて貰いたい。 そして次に自分の名前の上、左右にご自身の父母の名前を書いて欲しい。
さらにまた父上母上の名前の上、左右に自信の祖父母の名前を書いて貰いたい。 すると自分を底にした逆ピラミッドが形成されるはすだ。
ここからが肝心だが、その中から自分以外の誰かを消して貰いたい。
するとわかるはずだ、誰か1人でも消した途端、自分という存在が消滅することに。
我々には父母がいた、祖父母がいた、曾祖父母がいた、そして曾祖父母にも両親がいた…無数の生命の連鎖だ。
曾祖父母が、祖父母が、父母が出会っていなければ自分はいない。
中には決して円満でなかった夫婦もあったかもしれない、離縁した夫婦もあったかもしれない、だが誰か一人でも欠けると自分はいなくなる。
ひねくれ者は言う『自分は勝手に生まれたのだ。先祖や家族など知ったことか、生きたいように生きて何が悪いのかと。』
だがこれが眞にわかれば気づくはずだ、 この奇跡の連鎖の中に自分がいる、先祖の血と汗、出会いの中で自分という存在が誕生した。生きているのではなく、生かされているのだと。そこに言い知れぬ感動を覚えるはすだ。
そして親や先祖について調べてゆくと、いま自分が歩んでいる道と同じような道を歩んでいる先祖が何人もいることに気づくはすだ。
私は愛媛県の出身で仕事で広島にいる。私の父、弟も長らく仕事で広島にいた。そして最近知って驚いたが、私の祖父の兄弟は何人も海田や呉に移り住みそこで一生を終えたという。いま広島で知り合った人々はきっと先祖代々の付き合いになのだろう。
そして私は子供のころから軍事が好きで政治活動もしているが、やはり先祖も軍関係者がいる。
先祖の成したことは三世(孫まで)には必ず現れるという。何のことはない、私は一人で生きているつもりで先祖の歩んだ続きをやっていたのである。
我々は砂粒の個人ではない、生命のリレーの走者の一人だ。 親から頂いた体、両親を、祖父母を大切にしよう。先祖が眠る墓を大事にしよう。
そして我々も命のリレーを次の世代に繋がねばならない、男女の出会いは遊びではない、命のリレーを繋ぐ神聖なものである。
滅罪


posted by 右野翼 滅罪 at 21:27 | Comment(1) | 【日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
縦糸の感覚が世界で一番強固なはずの我が国が、トコトン地に落ちてます。
Posted by みぎの at 2012年05月01日 01:09
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