国連が定めた「侵略の定義」

 以下は昭和49年(1974年)12月14日に国連総会第29回総会で採択された、侵略の定義に関する決議である。

 侵略に関する定義 「国連総会決議3314」 

第一条(侵略の定義)

 侵略とは、国家による他の国家の主権、領土保全若しくは政治的独立に対する、又は国際連合の憲章と両立しないその他の方法による武力の行使であって、この定義に述べられているものをいう。

第二条(武力の最初の使用)

 国家による国際連合憲章に違反する武力の最初の使用は、侵略行為の一応の証拠を構成する。ただし、安全保障理事会は、国際連合憲章に従い、侵略行為が行われたとの決定が他の関連状況(当該行為又はその結果が十分な重大性を有するものではないという事実を含む。)に照らして正当に評価されないとの結論を下すことができる。

第三条(侵略行為)

 次に掲げる行為は、いずれも宣戦布告の有無に関わりなく、二条の規定に従うことを条件として、侵略行為とされる。

(a) 一国の軍隊による他国の領域に対する侵略若しくは、攻撃、一時的なものであってもかかる侵入若しくは攻撃の結果もたらせられる軍事占領、又は武力の行使による他国の全部若しくは一部の併合

(b) 一国の軍隊による他国の領域に対する砲爆撃、又は国に一国による他国の領域に対する兵器の使用

(c) 一国の軍隊による他国の港又は沿岸の封鎖

(d) 一国の軍隊による他国の陸軍、海軍若しくは空軍又は船隊若しくは航空隊に関する攻撃

(e) 受入国との合意にもとづきその国の領域内にある軍隊の当該合意において定められている条件に反する使用、又は、当該合意の終了後のかかる領域内における当該軍隊の駐留の継続

(f) 他国の使用に供した領域を、当該他国が第三国に対する侵略行為を行うために使用することを許容する国家の行為

(g) 上記の諸行為い相当する重大性を有する武力行為を他国に対して実行する武装した集団、団体、不正規兵又は傭兵の国家による若しくは国家のための派遣、又はかかる行為に対する国家の実質的関与

第四条(前条以外の行為)

 前条に列挙された行為は網羅的なものではなく、安全保障理事会は、その他の行為が憲章の規定の下で侵略を構成すると決定することができる。

第五条(侵略の国際責任)

 政治的、経済的、軍事的又はその他のいかなる性質の事由も侵略を正当化するものではない。
 侵略戦争は、国際の平和に対する犯罪である。侵略は、国際責任を生じさせる。
 侵略の結果もたらせられるいかなる領域の取得又は特殊権益も合法的なものではなく、また合法的なものととし承認されてはならない。

第六条(憲章との関係)

 この定義中のいかなる規定も、特に武力の行使が合法的である場合に関する規定を含めて、憲章の範囲をいかなる意味においても拡大し、又は縮小するものと解してはならない。

第七条(自決権)

 この定義中のいかなる規定も、特に、第三条は、「国際連合憲章に従った諸国家間の友好関係と協力に関する国際法の諸原則についての宣言」に言及されている。その権利を強制的に奪われている人民の、特に植民地体制、人種差別体制その他の形態の外国支配化の下にある人民の、憲章から導かれる自決、自由及び独立の権利を、また国際連合諸原則及び上記の宣言に従いその目的のために闘争し、支援を求め、かつ、これを受け入れるこれらの人民の権利をいかなる意味においても害するものとするものではない。

 第八条(想定の解釈)

 上記の諸規定は、その解釈及び適用上、相互に関連するものであり、各規定は、他の規定との関連において解されなければならない。

 



 一読すれば侵略とは「先制攻撃」を指しているのだとわかる。
 
 国家が本格的な武力攻撃をかけようと思えば、膨大な準備と作戦計画が必要となる。わけても予備役の動員は不可欠だ。したがって国際法上の侵略者とは先制攻撃を行った側であることは明白である。

 またこの定義は昭和49年以前は存在しなかったものではなく、同様のものは昭和3年(1928年)パリ条約不戦条約で確認された。なお本条約は現在でも有効である。


 パリ条約不戦条約(戦争ノ放棄ニ関スル条約、昭和4(1929)年)

 第1条
 締約国は、国際紛争解決のため、戦争に訴えないこととし、かつ、その相互関係において、国家の政策の手段としての戦争を放棄することを、その各自の人民の名において厳粛に宣言する。


 ここでいう戦争の放棄とは先制攻撃を受けた際にやむを得ず行う自衛の戦争を指したものではない。そもそも固有の権利である自衛権まで否定するような条約が存在すわけがない。
 とすればここでいう「国策の手段としての戦争の放棄」とは先制攻撃=侵略戦争の禁止と解される。欧州の外交官や政治家の間ではそうした認識は共有されていた。ただ新参者の日米両国ではこの条約の解釈を巡って論争が発生した。
 ただパリ不戦条約は素人目には理解が難しく、具体的でないもの事実である。
 この影響からか第二次大戦後の国連憲章では自衛権について明確化されている。



 国連憲章

 第2条4項
 すべての加盟国は、その国際関係において、武力よる威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。

 第51条〔自衛権〕
 この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

 

 国連憲章2条はパリ不戦条約と同様の内容である。しかし2条で武力の行使と威嚇を禁止する一方、51条で自衛権を認めている。
 つまり「どんな理由でも先に武力を使うな」、「しかし攻撃されたら自衛してよい。」というのが主旨である。注意すべきは集団的自衛権も固有の権利とされていることだ。当然、我が国も個別的自衛権はもちろんのこと集団的自衛権も有している。
 


 最初に紹介した「侵略の定義」はパリ不戦条約や国連憲章第2条4項の内容をより具体的に記したものである。

 これを見れば遺憾ながら真珠湾攻撃・マレー上陸から始まった大東亜戦争が侵略であるのは疑う余地がない。いわゆるABCD包囲網は3条の(C)項のいう港湾の武力封鎖ではなく国際連盟規約でも認められた経済制裁に過ぎない。
 ただ反面、蒋介石が発動した上海決戦で開始された支那事変が中国の侵略戦争であるのも明白で中国への謝罪は必要ない。
 また(E)項を見ればソ連が行ったバルト三国併合や戦後の東欧へ武力介入はやはり侵略でといえる。
 
 そして戦後中共が周辺国と引き起こした戦争は全て中共の侵略戦争であり、戦後最大の侵略者といえる。
 
 また(G)項を見れば正規兵以外の武力攻撃や侵入についても侵略と解されている。
 
 尖閣諸島に中国漁船が上陸し、保護を名目に警察組織が侵入すれば中国がどのような声明を出そうと侵略者であることは明白であり、わが国は即時自衛権を発動すべきである。

                                        滅罪

 


posted by 右野翼 滅罪 at 00:58 | Comment(2) | 【日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 滅罪さま

 こちらでは初めまして。失楽亭と申します。もしかすると私の事は「第一次大戦掲示板」で見かけられたかもしれません。

 以下の投稿は「第一次大戦掲示板」にするはずのものでしたが、今のところ不可能なので、この方となら議論できるだろう、と見込んだ貴所へ書き込むことにいたしました。ご容赦のほどを。

 近衛内閣の法制局長官だった船田中に、『東亜明朗化のために』(昭和13年1月1日発行)という著書があります。以下少しく引用いたします。
 
 なお当該著書は「国会図書館デジタル化資料」になっていますので家に居ながらにしてネット上で全容を確認できます。私の引用箇所に興味をお持ちになったのならば、是非とも御一読のほどを。

 「(藍衣社はー引用者注)遂に宋哲元の冀察政権を中央化することに成功し、其の二十九軍をして抗日の第一線に立たしめ、皇軍に挑戦せしめたのである。」(P186)

 「亦、ドイツ人顧問を置いて、毒ガスの研究にも努力して居た。之は支那事変に際し、人道を無視して之を使用し、同時に自己第一線部隊には全部防毒マスクを配給し得る程の準備があつたとの事に依つても窺はれよう。」(P202)

 「就中八月十四日の如き、我海軍陸戦隊の手薄に乗じ、上海租界在留邦人を全滅せんとする計画の歴然たるものがあつた。(中略)然し、今や断乎たる措置をとるの已むなきに至つたとは言へ、それは決して自ら好んで侵略的戦闘行為を為さんとするものではないことは勿論である。(中略)亦、其の派兵も全く自衛の限度を保ち、些かも積極性はなかつた。」(P278)

 勿論、当該著書で主張されていることの全てが正しい、と言うわけではありません(明らかに検閲に配慮した、と思える箇所もあります)。

 しかし、「支那事変」に関する記述を見る限りでは、これが当時の正当な認識であったように思えてなりません。御意見をお聞かせねがえれば幸いです。

 とりあえず、これにて。

 失楽亭
Posted by 失楽亭 at 2013年01月21日 22:08
失楽亭さま

当ブログにようこそいらっしゃいました。

第一次大戦掲示板は毎日チェックしておりましたので、失楽亭さまのことはもちろん存じ上げております。よろしくお願いいたします。

現在、別宮先生のサイトが長期に渡って閲覧できなくなっており、メールしてもお返事を戴けず心配しております。

貴重な情報ありがとうございます。船田氏の著書は読んだことがありませんが、貴重な証言が多いですね!!是非一読させて頂きます。

さてシナ事変ついては戦後「盧溝橋から上海に飛び火し、軍部の何者かがそれに乗じて事変を拡大した」と説明されるのがセオリーです。

しかし仰る通り、当時を経験した人々はそうは思っていなかったと思います。

お父上が元上海陸戦隊員だったという元陸自の方にお話を聞きましたが、当時は上海の一般人まで銃を手にし防戦に加わったと聞きました。

ご存知かもしれませんが映画「上海陸戦隊」です。
http://www.youtube.com/watch?v=2mivdkntiis

開始2分50秒ぐらいから簡潔にシナ事変を説明しています。
もちろん検閲は受けているでしょうが、「シナ軍に突如攻撃を受けた」という認識は国民の多くに共有されてたのではないかと思います。

               滅罪
Posted by 滅罪 at 2013年01月22日 21:49
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