憲法解釈変更は「卑怯」か〜ドイツの事例〜


 集団的自衛権の行使容認について連日報じられているが、朝日が創価学会にまで反対意見を求めるなど、左派はなりふり構わぬ反対キャンペーンを展開している。

 そして彼らは今「ときの内閣が憲法解釈を変更するのは邪道だ!9条に問題があるなら正々堂々改憲すべきだ!」と絶叫するようになっている

 わが国の安全を省みない、護憲のための時間稼ぎとしか評しようがない意見だが、ヒステリックに左派が唱えている以上取り上げてみたい。


 まず前回記したが、集団的自衛権とは固有の権利である。個人であれ国家であれ、身を守る権利があるのは条文にどうかかれていようが存在する権利である。

 つまり現行憲法のままでも保有していると考えるのが妥当であり、集団的自衛権行使容認の解釈変更は9条改正問題とは厳密に言えば関係がない。

 
 そして今回は詳しく述べないが、わが国は岸・池田時代には林修三法制局長官のもとで集団的自衛権行使を容認していた。 
 
 つまり、安部政権の解釈変更は邪道どころか前例があるものであり、岸・池田時代の解釈に返ったとも評することができる。

 また憲法解釈の変更で安全保障政策の転換を図った例として同じ敗戦国ドイツの事例も挙げたい。

 
 西ドイツの再軍備は昭和30年(1955年)から開始され西ドイツ連邦軍が創設される。
 しかし西独連邦軍の任務は、いわゆるボン基本法の87条aで「防衛」のみと規定されていた。
 そのため連邦軍の活動範囲は長らくドイツ国内とNATO域内のみに限定されるとされ、NATO域外の派兵は一切禁止される。 

 まだナチス・ドイツ第三帝国が行った侵略行為やジェノサイドの記憶が生々しい時代であり、この憲法解釈は当時としては妥当なものだっただろう。
 
 しかし冷戦終了とともに87条a項は時代にそぐわないものとなる。

 転機は91年の湾岸戦争であった。フレインのクウェート侵攻により、地域の独裁国家が世界平和の新たな脅威であることが証明されたのである。

 多国籍軍が編成され、ドイツも人的貢献を求められた。しかし87条a項が壁となり、ついに派兵は実現できずドイツは国際的批判にさらされた。
 
 連邦軍は手をこまねいていたわけでなかった。エースガード作戦を発動し、アルファジェット軽攻撃機18機と、ホーク地対空ミサイルを装備した対空部隊をNATO南部領域防衛の名目でトルコ中南部に派遣した。
 
 ドイツは憲法の許す限界までの軍事支援を行った、しかしNATO域内、トルコまでの派兵が限界だった。脱線するがドイツと比較すれば当時のわが国の行動がいかに異様なものであったか理解できるだろう。

 地域紛争の脅威ユーゴでも顕在化する、ユーゴスラビアが崩壊し、セルビア軍は分離独立を求める地域に次々に侵攻し、民族浄化を開始する。
 国連軍まで攻撃され、人質にされる事態が現出し、NATOの空爆でようやく自体は収束をみるに至る。

 94年2月28日、アメリカ合衆国空軍のF-16戦闘機がボスニア上空の飛行禁止空域のセルビア人勢力のスーパーガレブ軽攻撃機4機を撃墜する事案が発生した。

 この際、NATO軍編隊を指揮した早期警戒管制機にはドイツ連邦空軍所属の兵士が搭乗していたことが明らかとなった。NATO創設以来45年目にして初の武力行使であり、またドイツ連邦軍自体にとっても域外における戦闘参加となった。

 この事態を受けドイツ国内では激しい論議が巻き起こるが、わずか3年後の94年、連邦憲法裁判所は基本法の「防衛」とはドイツの国土防衛に限定されないという新解釈を打ち出した。

 これまで「防衛」はドイツ国内およびNATO域内を指したが、今後は広範囲な危機への対応や紛争防止など、広義でのドイツの安全を守るために必要な行動を指すとの解釈変更がなされた。そしてドイツ連邦議会の事前承認によりNATO域外への派兵が認められるに至る。

 連戦崩壊後、狭義の「国土防衛」では脅威に対処できない以上、解釈変更により新たな脅威に対処する−これがドイツの姿勢であり国民を守る主権国家として当然の判断であろう。

 連邦憲法裁判所の判決後、速やかに95年6月30日に連邦議会は国連保護軍を支援するため部隊派遣を承認する。
 これに伴い第32戦闘爆撃航空団のトーネード攻撃機が、95年のNATOのボスニア空爆「デリバリット・フォース作戦」に参加。99年にはコソボ紛争でのNATOの空爆「アライド・フォース作戦」に参加すこととなった。

 ドイツ連邦軍はカンボジアのUNTAC、ボスニア・ヘルツェゴビナの欧州連合部隊(EUFOR)、コソボのKFOR、アフガニスタンの国際治安支援部隊、エチオピア、エリトリア、ソマリア、スーダン、コンゴ、レバノンなどの平和維持活動に参加、国際社会の責務を果たしている。


 これを聞けば左派は「それ見たことか!やはり集団的自衛権を認めれば自動的に海外に派遣されるんじゃないか!」と騒ぎ始めるであろう。

 しかし注意してほしい、ドイツはアフガンには派兵したが、イラクには派兵していない。集団的自衛権は「権利」であり「義務」ではないからだ。

 イラク戦争でアメリカは「先制的自衛権」行使が可能であるとしてイラクを攻撃、有志連合30カ国あまりが参戦した。
 筆者はアメリカの言い分は妥当であり先制的自衛権の行使は許されると考える。しかしドイツ国民はそうは考えず参戦しなかったのである。

 これでもわかるように集団的自衛権は左派の言うように無制限に海外派兵に参加しなければならない性質のものではない。
 
 随分長くなったが、わが国は過去に集団的自衛権の認めており、またドイツの事例を見ても改憲によらない解釈変更による安全保障政策の転換自体はあり得る話なのである。

 解釈変更は「卑怯」「邪道」という批判は反対のため反対に過ぎないのである。


                                        滅罪



posted by 右野翼 滅罪 at 01:23 | Comment(2) | 【日記】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
権利と行使の区別及びそれらの従来の解釈での使われ方への誤った認識
岸池田のときに言及された集団的自衛権と今言われている集団的自衛権が異なっていることの不知
憲法によって抽象的な解釈を最終に確定する権限を与えられているドイツの憲法裁判所と抽象的な解釈を最終的に確定する権限がどこにどうあるのか議論があるアメリカ型の憲法のもとでの内閣を単純に比較していること
この3点を是正したほうがいいですよ
Posted by コーベ at 2015年02月06日 12:12
横から失礼。権利と行使は区別されてはいるが、繋がっていないわけではないと考えます。権利=義務ではないため、義務ではない=行使は自由という風に解することは自然と思われますので、たぶんそういう意味で言ったのだと思います。
 また、岸・池田政権時代と比べると一種中身が異なっているのは事実だが、実際にはむしろ現在の集団的自衛権の中身のほうが内容的には狭まっていることは、「憲法第9条と集団的自衛権」のPDFに詳しい。当時ですらやれるかもしれないという中身であったため、より狭まったとも解せる現代型集団的自衛権の行使はまた無理のない範囲であるとおそらく彼は言いたいのだと自分は解します。
 また、憲法の解釈決定機関が明確ではないことは確かだが、最高裁の判決によってその違憲判決を行うことが可能なシステムを用いれば十分代替は可能であると考えます。最高裁の判決は一定の効力を持っているため、この点は細かなシステムは違えど全くもって正確ではないとは言い切れないという風に解したのだと思います。

以上、横から失礼しました。
Posted by SKY at 2015年10月08日 00:23
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